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ゆるす

10代の頃は特に、他人にイライラしたりむしゃくしゃしたり悲しくなったりして感情が荒ぶっていたのだけれど、20を過ぎて22,23になったぐらいから少なくなったなと思う。もちろん周りに大人が増えてきたからなのだと思うけど、自分の中で何かが荒ぶりそうになった瞬間、「こういうこともある、そういうものとしてゆるそう」と思うことでスッと溜飲が下がる。

「ゆるす」って「許す」であったり「赦す」っていう、まるで自分が神かというぐらい偉そうな考え方なのだけれど、なんでそういう事を言うかなァァアアアアアア!!?とか、はぁァァァアア!!??とか、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!とか、クッッッッソッッッ!!!!とか、心に渦巻く罵詈雑言の塊がスッ…と消えて、
「………よっし。」ってなる。

人はみんな自分の価値観を持っていて、その価値観はバラバラで大切なものもバラバラだから、自分の基準を相手に押し付けるのは良くない。そう思ってても、価値観を押し付けてくる人はどこにでもいて、それに対して自分の価値観がいかに正しいか主張しても本当に理解はされないしできない。だからお互いに、「そういう考えもあるのか、個性か」とゆるすことができたら、無駄な争いはなくなるんじゃないだろうか。

そうは言っても、10代のころの本音のぶつかり合いで何か得られたこともあるんだろうし、ゆるすのは20代になってからでいいのかもしれない。何か得られたことはあったんだろうか…。なんであんな事を言っちゃったんだろうな…あの子はきっと傷ついたよな…とか謝りたい思い出はたくさんある。謝りたいことはあるけど、昔言われたことをずっと恨んでいるっていう記憶は少ない。心の奥深くにしまってあるか、お互いに子供だったというのが今ではわかって、今のあの子は昔と違う子だっていう感覚になっているからかもしれない。

「ゆるす」ってなんだか「諦め」にも似ているけれど、「期待をするのを諦める」って言うといよいよ何様感が出てきて間違った方向に行ってしまうかもしれない。小さなことは「ゆるす」でいいけど、どうしてもゆるせないことは言ってしまった方が平穏すぎるよりも何かもっと違う何かが生まれるんじゃないだろうか。20代でゆるせないことは30代になったときにゆるせるようになるのかも。

ただ、「何かをゆるした」と公言してしまっては、上から目線の神みたいなやな奴だなと思われるので気をつけたい。

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コメント

ゆるす、をゆするに空目してしまって、
しばらくドキドキしてしまったよ。

  • sen
  • 2013/03/18 10:38

「よし、ゆすろう」だと、だいぶゲスだね!

  • 2013/03/23 17:27
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